低血糖症2008.8.
低血糖症は、成人および年長児では40mg/dl以下、正常満期産児では30mg/dl以下、早産児、低出生体重児では20mg/dl以下を指し、臨床症状として、冷汗、顔面蒼白、無気力、不安感となり、やがて意識障害、痙攣、昏睡へと進行していく。あかちゃんの場合、臨床的には低血糖の治療は40mg/dl以下で開始する。(註:他の基準もあり、下段参照) なお、小児期に低血糖を起こす疾患としてはケトン性低血糖症が最も頻度が高い(文献4)。
Ⅰ 分類 (文献1から一部改変した)
1 新生児低血糖症
①SFDにみられるもの
②一過性高インスリン血症
a 糖尿病母体よりのj児
b 赤芽球症
2 小児期
①高インスリン血症
a β-cell hyperplasia
b β-cell tumors
c nesidioblastoma
d 機能的β-cell分泌障害
②substrate limited
a ケトン性低血糖症
b 内分泌障害
Ⅰ汎下垂体機能低下症
ⅡGH単独欠損症
ⅢAHTH欠損症
Ⅳアジソン病
Ⅴ甲状腺機能低下症
3 肝酵素障害
①糖原病(低血糖を伴う型)
a G-6-P
b amylo1,6-glucosidase
c phosphorylase enzyme系障害
②gluconeogenesis障害
a fluctose1,6-diphosphatase
b pyruvate carboxylase
③他の酵素異常
a glycogen synthetase
b G-1-P uridyl transferase(galactosemia)
c fructose-1-phosphate aldolase
(Pagliaraより)
Ⅱ 新生児の低血糖症 (文献2から一部改変した)
症候性の低血糖症は治療が適切でないほど神経学的予後に影響をもたらす。また、無症候性のばあい放置すると影響を残すことがある。したがって、すべての低血糖症が治療を要す。
新生児の血糖は生後2~4時間で最低値をとる。
低血糖治療による改善後も最低48~72時間の血糖値チェックが必要
症状:無呼吸、多呼吸、チアノーゼ、異常啼泣、不活発、嗜眠、低体温、筋緊張低下、振戦、搐搦、痙攣、徐脈
診断:成熟児 血清 35以下、 >72hでは45(全血で40)以下
未熟児 血清 25以下
治療の開始:成熟児、未熟児の区別無く、40mg/dl(全血)
文献3での治療開始基準
生後24時間以内は無症候性のAFD児(在隊34週以上)では30~35mg/dl未満(母乳栄養児はもっと低値で可)、症候性では45mg/dl未満。早産児(在胎34週未満)・重症児(仮死・HIE・敗血症など)では45~50mg/dl未満。生後24時間以降では40~50mg/dl未満。20~25mg/dl未満では直ちに糖の経静脈投与を開始すると記載されている。
新生児低血糖症の分類
早期一過性低血糖症(発症:出生6~12時間後)
症状:殆んどは無症状
原因疾患:極低出生体重児、周産期のストレス、授乳開始の遅れ等、非特異的糖尿病母体児(母体高血糖による児の高インスリン血症)、胎児赤芽球症、ACD,CPD血による交換輸血
経過と予後:通常出生12~24時間で軽快。予後良。
二次性低血糖症(発症:原疾患による)
症状:多くは症候性
原因疾患:糖枯渇(仮死、低酸素、多血症)、副腎出血、高インスリン血症(急激な糖輸液の中止、母体投薬)、頭蓋内出血、中枢系奇形、チアノーゼ心疾患、敗血症)
経過と予後:治療によく反応。予後は原疾患による。
古典的一過性低血糖症(発症:出生直後から7日の間 24~48時間に最多)
症状:症候性
原因疾患:糖の蓄積不足。 母体中毒症、SFD(肝へのグリコーゲンの蓄積少、gluconeogenesisも不良)、双胎
経過と予後:抵抗性のことが多く、長期の輸液とステロイド投与が必要なことが多い。多血症、低Ca血症等を合併する。
反復性持続性重症低血糖症
稀な疾患群。 通常の治療に抵抗性のばあいは疑う。
Ⅰ ホルモン欠乏
1.多発性内分泌欠乏or先天性下垂体機能低下症
2.原発性内分泌欠乏
成長ホルモン(単独)
ACTH:ACTH不応
コーチゾール
(副腎)出血
副腎過形成
甲状腺
他
Ⅱ ホルモン過剰
膵島細胞腺腫などインスリン過剰分泌 インスリン産生腫瘍
ロイシン過敏性?
Ⅲ 炭水化物代謝異常
糖原病 Ⅰ型
果糖不耐症
ガラクトース血症
Glycogen synthetase
Fructose 1-6 diphosphatase
Ⅳ アミノ酸代謝
楓糖尿症
プロピオン酸血症
メチルマロン酸血症
チロジン症
Ⅴ 特発性
Ⅲ ライ(Reye)症候群の低血糖
高熱、痙攣、意識障害、がんこな嘔吐→髄液細胞数増多無し。脳浮腫。急性脳症
ALT,ASTの上昇、低血糖、アンモニア上昇、
肝生検→肝細胞の脂肪変性
ミトコンドリア、チトクロームC,細胞内呼吸の障害、細胞内窒息
インフルエンザ(B)、水痘等発症時のアスピリン、ボルタレン、ポンタール等の使用禁でライ症候群の発症激減す、
なお、感染症の発熱に解熱剤の使用は推奨されなくなった(当科では発熱していても元気で食欲があるばあいは40.5度までは水分、電解質、糖分補給でがんばるよう話している)こともあるか?
Ⅳ 母乳栄養と血糖
とても目を引く論文が学会雑誌に掲載されている。
生後3日の症候性低血糖児の症例報告で、母乳栄養について述べられている。新生児期の完全母乳栄養管理と血糖について述べられており、興味を引いた。(日本小児科学会雑誌110巻6号 789-793 (2006年)
母乳栄養はあかちゃんのもっとも優れた栄養食品であり、母乳に勝るものは無い。以前母乳栄養のアキレスケンとして、ビタミンK欠乏による出血症が問題となったが、新生児期にビタミンKをルーチンに投与するようになって、この問題は解決されている。乳児期の脳内出血の報告も最近はみないようである。離乳食の影響で食物アレルギーが発症する場合があったりで、離乳開始時期は尚早にならないよう注意が必要である。国の風土、生活習慣や経済状態などにより状況はいろいろ違うが、生後6ヶ月までは母乳でとか、乳児期1年は母乳で育てている国もあるようだ。
生まれたてのあかちゃんの症候性低血糖の誘因の一つにもしほんとうに母乳不足が関与する可能性を秘めているのであれば、ビタミンKのときと同様、慎重な対応が必要となり、即断できないテーマではなかろうか。極端な見方をすると、この症例報告以外の完全母乳栄養管理の赤ちゃんは、生後数日母乳の出がいまいちのばあいでも、低血糖のトラブルは無かっただろうとも推測されることでもあり、このテーマについては今後多くの議論がなされると思う。なお、教科書での記載は無いもよう。あかちゃんが飢餓状態に陥っていないかのきめ細かい観察は当然必要ではあるが。
Ⅴ 低血糖症例(新生児を除いて)
Case1 2y0m male 2008.8.8. 7時ころ起床。なんとなく元気が無かった。8:20 嘔吐1回。顔色不良に。その後も活発性、反応不良。8:34
救急車を要請。8:57当科に搬入された。受診時意識あり。呼びかけに返答あり。ベッド上で歩行可なるも、眠いのかすぐ横になってしまう。その後入眠。採血時も泣かず。他の身体所見に異常認めず。胸部レントゲン写真正常。夜間は睡眠不足は無い。薬物等の誤飲は考えにくい状況。特記する既往症無し。眠いだけか、軽い意識障害かの判断。
CRP(-), WBC 19300, Hb 12.5, RBC442, pl 399,000, TP 6.6, Alb 4.6, AST 38,
ALT 19, LDH 339, Na 142.3, K 3.26, Cl 104.9, BUN 24.9, Cr 0.26, CPK 201,
glucose 42mg/dl, Ca 10.7, Fe 139, NH3 63 検尿:未検
リンゴジュース飲んだら元気になってきた。→脱水+低血糖、 帰宅可 繰り返すときは再診とされた。
Case2 1y4m female H12. 5/22 水様便2回、5/23 3回 5/24 2回、その後午後3時より下痢無く経過していたが、5/25朝眠って起きず。朝吐いた。眠ってぐったりして、前夜より尿量も少ないとのことで、5/25受診。血糖49mg/dlと低めであった。ソリタTの湯液400cc受けたが、尿ケトン+++あり、夕方入院した。血糖77mg/dl,
GOT48, GPT19, WBC7,600, 便ロタウイルス(-)、アデノウイルス(-), CRP(-)
診断:急性腸炎、脱水、低血糖、アセトン血性嘔吐症(ケトン性低血糖症)
Case3 4y9m male Case2の弟 H.19. 9/4朝5時より腹痛あり、6時に嘔吐水様1回あり、午前当科を受診した。37.4度 顔色やや蒼白、臍部痛あるも腹部は平坦、咽頭炎あり。尿ケトン+++ 血糖65mg/dl, ソリタTの輸液800ccで尿ケトン(-)となり、帰宅。
診断:急性上気道炎、脱水、アセトン血性嘔吐症(血糖低め:65mg/dl)
5y2m時、H20.1/8朝6時より30分おきに嘔吐あり、ポカリのむが10分くらいで嘔吐する。腹痛あり、外来受診。
顔色蒼白、臍周囲痛あり、腹部は平坦。尿ケトン+++、血糖56mg/dl ソリタTの湯液を600cc受けた。FFA 0.36mEq/L
診断:急性上気道炎、脱水、アセトン血性嘔吐症(血糖低め:56mg/dl)
Ⅵ ケトン性低血糖症とアセトン血性嘔吐症について
ケトン性低血糖症 (文献4)
上気道感染罹患時や前日疲れて夕食を摂らずに寝たような翌朝に、絶食時間が長くなり、覚醒しにくい状態で、ぐったりとして顔色蒼白となる。嘔吐やときにけいれんを伴う。低血糖出現時に、尿ケトン体強要請、血中FFAの上昇を認めることが基本となる。診断は、ケトン体陽性で低血糖を起こす器質的疾患が除外された後に確定される。
小児期の主な低血糖症
A.ケトン体増加なし
インスリン分泌過剰
脂肪酸代謝異常症
B.ケトン体増加あり
ケトン性低血糖症
内分泌異常
汎下垂体機能低下症
GH単独欠損症
ACTH欠損症
Addison病
酵素欠損症
糖原病
Fructose-1.6-diphosphatase欠損症
ガラクトース血症
果糖不耐症
その他
アセトン血性嘔吐症 (文献5)
欧米では、アセトン血性嘔吐症は各種疾患における、一つの病像、症状としてとらえられていて、一疾患名として認識されていない。Nelsonの教科書ではcyclic
vomitingが記載あり。日本ではcyclic vomitingがアセトン血性嘔吐症とか自家中毒と表記されている。
「ケトン性低血糖症はアセトン血性嘔吐症が早期治療されなかった場合の終着駅のような病態でもある」と記載されている。
Ⅶ 低血糖の原因 (文献6)
①飢餓、解糖系・糖新生系の異常によるグルコースの供給不足
②高インスリン血症による糖利用亢進
参考文献
1 Bed-Side MEMO(小児科) 世界保健通信社
2 NICUマニュアル 第3版 金原出版
3新生児診療マニュアル 第4版 2004.12.6. 東京医学社
4ケトン性低血糖症 横田一郎 小児内科 Vol38 増刊号 2006 東京医学社
5アセトン血性嘔吐症 小林浩司 小児内科 Vol35 増刊号 2003 東京医学社
6低血糖・インスリン過剰症 花木啓一 今日の小児治療指針 第14版 医学書院